大正期の技術を伝える 堀川の中橋
中橋
 

 五条橋と桜橋の間にひっそりとたたずむ中橋。 あまり名前は知られていないが、堀川開削当時に架けられた堀川七橋の一つ。 近くには多くの屋根神様や蔵の並ぶ四間道があり、静かで落ち着いた雰囲気に包まれている。


 大正期の土木技術を伝える橋  橋詰の風景



大正期の土木技術を伝える橋

 中橋は、堀川の開削時にかけられた堀川七橋の一つで、当時は五条橋と伝馬橋の中間にあることから「中橋」と名づけられた。
 その後何度も架け替えられているが、今の橋は大正6年の架橋である。
 一見何のへんてつも無い橋の様に見えるが、橋台は石積みで造られ、橋の鉄骨はかつてはビルの鉄骨や電車の車体などの接合に盛んに使われたリベットで組み立てられている。今では大正期の土木技術を伝える非常に貴重な橋となっている。

橋詰の風景


 右の絵は、今から200年ぐらい前の中橋の東南橋詰の風景。

 橋の上から様々な人が堀川を眺めている。着飾った女性や旅人らしい編み笠の武士、坊さんもいる。
 橋のたもとには石組。絵には「近年、植木や石灯籠、珍しい石を扱う店ができ、橋のたもとにそれらを置いているので、自然と深山のようになり春の頃は町中では珍しい風景だ」という内容の文が添えられてる。

 堀川の流れと石組みで深山渓谷を連想したのであろうか。今の中橋からは想像できない光景である。
屋根神様 『尾張名陽図会
 この付近は名古屋でも屋根神様がたくさん祭られている地域だ。中橋の橋詰に鎮座しているこの小さな社も、かつてはどこかの屋根に祭られていたのがこの地に遷座されたものである。

 瓦棒葺きの覆いが設けられ大切にお祭りされている様子は、この地域の人々が屋根神様に寄せる思いを象徴しているような気がする。
北西の橋詰に鎮座する屋根神様

伊藤正博

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