桜が取り持つ縁
五条川桜 五条川桜の碑
 

 「富士には月見草が良く似合う」といったのは太宰治。この言葉を借りれば「水辺には桜が良く似合う」。桜吹雪となり散りゆく花びらが川面に落ち、流れゆくさまは「花いかだ」という情緒のある言葉を生んでいる。山崎川・洗堰などとともに堀川も桜の名所になっているが、なかでも、ひときわ目を引く古木が金城橋のたもとにある。
 



満開の五条川桜
 五条川は入鹿池の奥、八曽山から流れ出し、大口町・岩倉市・春日町・清洲町などを経て新川に合流している。かつて名古屋の街ができる以前には清洲城がこの地方の中心。お城の横を流れる五条川は舟運に活用され、岩倉では今も川で鯉のぼりの染物を洗うイベントが行われている。地域の人々と川との関わりは、堀川(黒川)とも相通ずるものがある。
 この五条川は桜の名所として広く知られている。帯のように続く桜並木は、名古屋北部で最大である。この並木の春日町内で川の改修工事が始まった。水害を防ぐため川幅を広げる工事である。人々に親しまれている桜の木であるが、どうしても伐採しなければならない状態であった。川沿いの人々からは「なんとか ならないだろうか」との声が上がり、新聞でも報道された。
 これを知った名古屋市は、永い歴史と伝統をもつ五条川と堀川を桜の縁で結ぶことを計画した。名古屋の街は五条川岸の清洲が街ぐるみ引越ししてできている。堀川には五条川から移築された五条橋もある。これに加えて今回は五条川岸からの桜の嫁入りである。昭和57年(1982)11月この地に移植され、今ではしっかりと新しい土地に根付き、太くたくましい枝振りと華やかな姿で堀川を彩っている。
 桜にとって五条川と堀川とどちらが幸せであったろうか。来なければ良かったと思われないような堀川にしたいものである。

伊藤正博 2004/7/28

   

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